FUTURE BUILDER / 村上愛梨

女性スポーツ界のアスリートによる未来創造型スポーツクラブ「OPT UNITED」。OPT UNITEDに参画したアスリートたちが思い描く「”WAGAMAMAであれ”る未来」はどんな未来なのか。そして、思い描く未来のために、なくしたい「普通はこうあるべき」はなにか。ラグビー選手、村上愛梨のインタビュー。

ラグビー / 村上 愛梨 プロフィール
東京都出身。中学までは野球、そして高校から社会人までバスケットボールをプレー。その後ラグビーに転向し、東京のラグビーチーム「横河武蔵野アルテミ・スターズ」に所属。選手としての活動を続けながら、女性体型に合うメンズパターンのオーダースーツを扱う「keuzes」でフィッティングなどの仕事も行っている。

ラグビーとの運命的な出会い

ーー村上選手は20代に入ってからラグビーを始められましたが、それまでの経歴についてお聞きしてもよろしいでしょうか?

両親が先生をしていたので3歳からバトントワリングをやっていて、小学校で野球を始めました。リトルリーグの日本代表でオーストラリアの世界大会を経験したのですが、野球はあっさり辞めてしまいました。

中学校ではバスケを始めて、実業団まで13年間続けていました。そのなかでラグビーを観るきっかけがあったのですが、人と人が当たる音にすごい感動を覚えて、鼻血が止まらなくなってしまったんです。

「ああ、もうラグビーだな」と思い、25歳のときにラグビーに転向しました。最初はオリンピックの7人制の代表を目指していたのですが、自分の特性が分かってきてからは15人制の代表になりたいと思うようになり、29歳のときに日本代表に選ばれました。

その後は腰の骨を折ったりなど怪我が続きました。去年の3月には怪我でCTを撮った際に全然違うところに腫瘍が見つかってしまって。腫瘍摘出手術をすぐにして、12月に復帰したのち日本一になりました。

ーー日本一、おめでとうございます!今では、バスケをやっていたことを感じさせないほど、「ラグビーの村上選手」というイメージが強くあります。

そうですね。比べてしまうんですけど、バスケはやはり個な感じがすごく強くて。チーム愛もありましたが、ラグビーほどは感じられなかったんです。しかも、バスケット時代はいろいろあったので。一方でラグビーは、国境はもちろん、言葉も越えてしまう。ラグビーをやってるというだけで家族みたいになれる。

ラグビーは、当たりどころによっては即死になってしまうほど、危険なスポーツだと思っています。でも、スクラムは一人の力では絶対に勝てないし、ボールを持ってタックルされたら、次の人がいないとボールも繋がらない。人との繋がりがすごく強いスポーツでもあるんですよね。

みんなの心に寄り添い、誰も一人にしない

ーー少しお話は戻るのですが、バスケ時代に”いろいろあった”ということについてお聞きしてもよろしいでしょうか…?

私、中学生のときには身長が173cmくらいあって、全くルールを知らないのに試合に出てしまったんですよね。それがきっかけで妬まれる標的になったりして。高校時代では、私が同性愛者ということもあり、偏見や差別を感じる出来事がたくさんありました。

大学では、やっと純粋にバスケをできる環境になって、インカレに出るという夢も叶って良かったんですけど。LGBTQ当事者であることは大学では伏せていました。

そのまま秋田にある実業団チームに入ることが決まったのですが、監督からパワハラみたいなことをずっと受けていて。秋田まで呼んでもらったのに、どうしてこんな思いしてるんだろうって。また、そのタイミングで父親の病気が悪化したりと身内の色々な問題が重なってしまったのですが、家族のことを見なければいけないのに「チームのことを捨てるのか」って監督には理解してもらえなかった。でも、逆境に負けてバスケを辞めてしまったら、これまでやってきた価値がなくなっちゃうんじゃないかと思って。3年間、実業団でやり切ってから、ラグビーに行きました。

もちろん、楽しいこともあったけれど、バスケ時代はすごい色々ありすぎて。ラグビーに転向して、こんなにスポーツって力抜いてリラックスしてできるもんなんだと感じました。

ーー話していただいてありがとうございます。3年間、つらい状況の中で実業団でやり切ったことがすごいと思っていて。村上選手がこれまで受けてきたことって、ものすごくつらい話だと思います。どうして3年間も続けられたのかをお聞きしてもいいでしょうか?

「石の上にも三年」という母親からの教えが強くありましたし、母親はどこにでも応援に来てくれる人で、いつも応援してくれていました。なので、しっかりとバスケをやっている姿を見せたかったという気持ちがあったんですよね。あとは、試合に出られないのもすごく悔しかったので、このまま終わっていいのかなっていう思いがあったから続けられた。いろんな話ができる仲間がいたのも大きかったです。

でも、3年間続けてこれたのはすごいことだったかもしれないけれど、その選択肢しかなかったことは問題だと感じています。だから、自分より若い世代には「逃げていいんだよ」ということを伝えたいです。

ーースポーツに救われてきた部分と、難しくさせる部分、両方あったんだろうなと改めて感じました。スポーツは心の問題や体の問題においてハードな面がいろいろとあると思いますが、そのなかで「もっとこうだったらいいのに」や「こんなふうに変えていきたい」という想いがあれば、教えていただきたいです。

そうですね。これまで、たくさん走って当たってシュートも打って、体力的・身体的な我慢をたくさんしてきました。そして、心の我慢もたくさんしてきたんですよね。でも、やっぱり選手の周りには身体のケアしかないんです。もし、心に対してのケアが学生時代にあったら、どれだけのびのびできたんだろうと思います。

私の場合は、私が同性愛者であるだけで、差別や偏見に加えて親も含めた仲間外れを学生時代に経験しました。その時、当時の私は誰にも言えなかった。普通に考えれば、そのようなことはあってはならないことだと思うけど、そういうことが部活動では当たり前に起こってしまう。死ぬこと以外かすり傷みたいな風潮があるのはやっぱりおかしいと思うし、辛いときにこそ、心のケアがあったら良かったんじゃないかなと思っています。

ーー心のケア、今はまだまだ足りてないなって感じていますか?

足りていないと思います。

私は今、女子ラグビーの選手会をつくろうと思っていて、そこで何がしたいかという話に繋がってくるのですが。身体と心って繋がっていますよね。身体をすごく鍛えているのに心が追いつかないことってたくさんあって。そういった問題に対して女子ラグビー選手会からアプローチしていきたいなって思っています。

男子会では「よわいはつよいプロジェクト」というのをやっていて、賛同したいと思っていますし、個人的にもそういう発信をしているので。やっぱり私にとって大切にしたいことって、「心を大切にする」というところでした。

言葉を選ぶ場面でも、あえて発信していきたい

ーーラグビーならではの「普通はこうあるべき」に対して、違和感を覚えることはありますか?競技面だけでなく、社会とピッチの間みたいなところに関してもお聞きしたいです。

ラグビーは、男子のスポーツっていう感覚がすごく強い。ラグビーをしているグラウンドの上では全然そんなことは感じないですが、グラウンドの上を出ると男のスポーツっていう感覚が強くなります。

ラグビーはノーサイドなので、日本代表の試合の後に対戦した国とのアフターマッチがあるんです。試合をした国の方々や代表選手とお酒をかわすんです。以前、そのアフターマッチの場で、女子の代表選手はスカートを履くように提示されたんです。みんなでスカーフも付けて…。それに対しては少し違和感がありました。

ーーそれらの違和感に対して声を上げにくい構造や風潮などはあるのでしょうか?

代表のなかでもそうですが、あまり変に目立つとセレクションにも関わってしまう。なので、言っても良かったとは思うのですが、私は言えませんでしたね。

ーージェンダー規範に対する違和感や自分のセクシャリティについて発言することってすごく勇気がいることだと思いますし、本当は無理やり言うことでもない、言わなくて済むんだったらみんな言わなくていいことだと思うんです。ただ、今の環境的に声を上げていく存在があって初めてわかる問題があることが可視化される面もあるからこそ、開拓してくれる選手には負担やしわ寄せがいってしまうとも感じています。

もっとスポーツの世界がこんな風に変わって欲しいという想いや、「こういう場があったらいいな」という考え、OPTUNITEDが存在していくことによって希望を感じることはあるのでしょうか?

ありますね。選手って言葉を出せないと思うんです。スポーツはセレクションの世界なので、自我がなくなってしまう。でも、OPTUNITEDは「自分たちの言葉で発信をしよう」という場を創ってくれているわけじゃないですか。そのこと自体が未来のためにもすごく大事なことだなと思います。

ーーセレクションが全てになると、どうすれば選ばれるかが基準になって思考が働いてしまうのですね。

おっしゃる通りです。例えばバスケの大学で、部則で部内恋愛禁止と決める監督もいるんです。そうなるともう、同性愛者である私は自分の話なんてできませんよね。セレクションに落とされてしまうと考えてしまうので。

多くの選手は、言葉を選ぶ場面がたくさんあると思っています。でも、OPT UNITEDの場合、メディアの操作もなく安全性も確保されたうえで、自分たちの思ったことを社会に向けていけることはとても価値があることだと思いました。

ーー心の安全っていうキーワードはすごく大事ですよね。お話をお聞きしていて、スポーツをしていることが自分のあり方を制限してるようなところがすごくあるのかなと感じました。周囲を見ていて、村上選手と同じように悩んでいる方はいらっしゃいますか?

いますね。

私が同性愛者であることを外に出してから、同じように同性愛者の選手が悩みを言ってくれたこともありました。。私はチームの監督でもコーチでもなく完全に第三者だからこそ心の安全を確保できるから、言いやすいのだと思います。

スポーツ界は心の安全を確保できないように感じますし、自分で自分を守るしかないですよね。だからこそ、OPT UNITEDで居場所をつくるような働きを起こしたいです。

ーー少し話はそれますが、カミングアウトしている女性アスリートは見るようになりましたが、男性アスリートはまだいないように思います。男子スポーツ界には言いづらさがあるのでしょうか?

そうですね…。給料面や知名度で男女の差がありますよね。一見、男子にとっては良いことに見えるかもしれないけれど、そんなこともなくて。選手としての地位があるからこそ、締め付けられている部分があるんだと思います。

ーー確かに、そうですね。そういったなかで、村上選手の発信はみんなの希望に繋がっていくと思います。

そうだと良いなって思います。ラグビーやってる時って、性別とかLGBTQ当事者かとか、関係ないんです。人と人とが戦ってるってだけ、どれだけ人と当たれるかだけだから。自分が自分らしくいれるのがラグビーのグラウンドだなって思いがあるので、ラグビーの人と人との繋がりみたいに社会がなっていったらいいなって。グラウンドで戦って、グラウンドの外では仲間みたいな。そんな社会になったらいいなって思います。

Text: Maho kariya

Photography: Madoka Okazaki

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